ストーリー - STORY

大川柚・15,000字インタビュー

Text & Photo:Daiki Tajima,Mana Hirai Art:Yuzu Okawa

2018.06.05

大川柚・15,000字インタビュー

『です。ラビッツ』。
2013年にインディーレーベルから『デスラビッツ』としてデビューしたアイドルユニット。
当時、小学生と中学生だった女子3名と、レコード会社の「部長」と言われるアラフォーおじさんからなるそのグループは、デビューから毎年100本を超えるライブを熟し、業界初の“ラーメン付きCD”を発売したことで話題にもなり、全国ツアーも含めて幾度もワンマンライブを開催してきた。2017年から2018年に掛けては海外公演も経験した。

しかしこのグループは、“何かを成し遂げた、勝ち取った”と言えるような体験が極端に少ない。今回の企画は、来たる6月5日(火)に開催される、来場者の投票で勝敗を決めるバトルイベント『L−1グランプリ・準決勝』を迎えるにあたり、今まで一度も機会が無かった、メンバーへのロングインタビューを敢行していく。

一発目のインタビューは、おそらくメンバーの中で誰よりも“成し遂げたい、勝ち取りたい”と願い続けてきた、大川柚。「元気いっぱい」という自身キャッチフレーズに違わぬよう、集客の不振も、グループの存続危機も、改名という荒波も、ひたすらに笑顔で乗り越えてきた、『です。ラビッツ』のリーダー。

このインタビューは、某有名ロック誌でも超巨大アイドル専門誌でもなく、いわゆる“運営”のセルフ企画である。なんとも薄ら寒い催しだし、できることならレモン片手に月刊雑誌の表紙を飾って、グループの成り立ちなどを話してほしいところなのは言うまでもない。

それでも。
「頑張ってる姿は見せたくない」「お涙頂戴は大嫌い」そう公言して憚らない柚が、初めてその思いの丈をぶちまけた。この春から大きく体制が変わった“運営”としても、どうしてもこの声は、聞きたかったし、聞いてほしかった。インタビューという体ではあるが、新加入したマネージャーも含めた身内の座談会の様相を呈してしまっていることをご容赦いただきながら、大川柚の15,000字に、どうか最後まで耳を傾けてください。


小さい頃はプリキュアに憧れてて(笑)。

——最近新しいファンの方も増えてきてくれて。女性の方も増えてますし。この辺で“改めて”っていう企画をしてもいいんじゃないかな、と。そこで15,000字インタビューです。

雑誌みたい!!よろしくお願いします!

——早速ですけど、柚さんはまず、アイドルになる前にダンススクールに通ってたんですよね。そもそもなんでダンスをやろうと思ったんですか?

たしか……お姉ちゃんが二人居るんですけど、「習い事を始めたい!」ってなって。ちょうどそのときに地元でダンスのワークショップがあると。そこにお姉ちゃんたちが行ったんですよね。そのワークショップがとても人気があって定期レッスン化するってことになって、そこに柚もちょくちょくついていくようになって。まだ幼稚園の年中さんとかだったんですけど(笑)。だからお姉ちゃんがキッカケですね。

——お姉ちゃん子だったんですね。

お姉ちゃん大好きでしたからね。羨ましかったんだと思います。でもあんまり覚えてないな……(笑)。

——初めてダンスをやってみたときは、楽しかったとか難しかったとか、何か印象を覚えてます?

楽しかったんじゃないかなぁ……。毎年クリスマスに近所のショッピングモールで公演をやってたんですけど、柚は小さい頃は『プリキュア』に憧れてて!(爆笑)

——ウソでしょ!?

本当に今思い返すと気持ち悪いんだけど(笑)、そのときは本当に憧れてて。私も当時はかわいかったんですよホントに……。柚が一番かわいかったのは幼稚園児の頃だから(笑)。

——12年くらい前に全盛期終わっちゃた……。

終わっちゃった(笑)。そう、そのクリスマスのときの衣装がサンタさんで。それが嬉しくて嬉しくて。それは覚えてますね。そこから発表会とかにも出るようになって、小学5年タイミングで本格的にスクールでレッスンを受けるようになり、その夏には前の事務所から「アイドルやらないか?」って声を掛けられて、『usa☆usa少女倶楽部』っていうグループに入ることになって。

——でも本格的なレッスンを受け始めたばかりで、いきなり「アイドルやりませんか?」って言われても「はい??」ってなりませんでした?

んー……でもダンスは好きだったんで。「踊れるならいっかぁ〜」みたいな。やってみても普通に楽しかったんですよね。まあ好奇心旺盛な人間なんで。

——ご家族の反応はどうでした?ダンスからいきなりアイドルっていうのは……。

あ、でもうちの家族、みんなアクティブなんで。両親も「やりたいならやってみれば?」「頑張れ!」みたいな。どっちかっていうとおじいちゃんとかおばあちゃんとかに心配されましたね。「柚ちゃん本当に大丈夫なの!?」って。

——じゃあやっぱりアイドルも楽しかったんですね。歌うことも好きだったんですか?

上手くはないけど好きだった!上手くはないけど(笑)。

「絶対柚と愛実は受かる」って言われてて。「三人目は誰だろうね」みたいな。

——夏鈴さんとはダンススクールで会ったんですよね。

そうですね。地元が違かったんで。スクールも夏鈴の方が先に入ってて。

——そこから同じアイドルグループにも所属することになるという。そうやって考えると、もう10年近い付き合いじゃないですか?

ホントだ……。8年間は夏鈴とずっと一緒に居る!(笑)すごい!!人生の半分だ。

——二人に比べると、だいぶ遅れてグループに入ったのが愛実さんでしたよね。

そうそう、当時の事務所の社長さんから、ずっと愛実ちゃんの動画を見せられていて、事前に。「あぁ……ちっちゃいな、カワイイな」って(笑)。

——今となっては……(笑)。

すっかり成長しちゃってね(笑)。福岡からわざわざアイドルやりに東京に来るの!?っていうのもビックリしましたよね。

——歌の印象は?

そりゃあ、メッチャ上手いなって。動画の中の愛実ちゃんが歌ってたのが“ネバーランドへGO!GO!♪”って感じの曲だったんですけど、その曲も好きで。生で聞けたときは感動したなぁ。

——で、2年ちょっと経ったくらいのタイミングで、急に“派生ユニットやろう”みたいな話が来たじゃないですか。オーディションがいきなり始まって。

それが『デスラビッツ』っていうユニットだってこともわかってなかった。急に「これ歌うよー」って言われて。

——『アイドルSTAR WARS』の原型の曲でしたよね。

そうだ!「アイアイアアイ アイアイアアイアイ♪」って歌い出しで——

——「アイドルです!」。

そうそう、当時はまだ“ぴょんぴょん”じゃなかったんだーー!!(爆笑)ヤバかったなー。「不思議な曲だなあ……」って思いながら歌ってた(笑)。

——グループのみんなと一緒にオーディションを受けて、歌って、「将来はどんなことをしたいですか?」みたいなインタビューを受けて。

そうだ……。なんて言いました?私。

——なんか……「有名になってぇ……頑張りまぁす」みたいな。

あぁ、そんな感じだった(笑)。

——明らかにあの中では柚さんが一番しっかり者でしたよね。

先輩が次々卒業しちゃうので(笑)、しっかりせざるを得なかったんでしょうね。

——そのよくわからない派生ユニットのオーディションに呼ばれて、選ばれたのが柚さん、愛実さん、夏鈴さんだってわかったときにはどんなことを思ったの?

オーディションが終わった後に、当時の事務所の社長さんから「絶対柚と愛実は受かると思うよ」って言われてたんですよ。「だから三人目誰だろうね」みたいな。

——その話題は当時の僕らにも出てて。柚さん・愛実さんはもちろん素晴らしいと。でもその二人と一緒にやるなら、もう一人は絶対夏鈴さんだろう、と。そこはこちらのスタッフではほぼ満場一致だったんですよね。

そうなんだ!

——「この子(夏鈴)、もしかして大化けするんじゃない?」って話をよくしてたもん。真面目タイプ、歌唱力タイプ、と来たら絶対三人目は天才タイプの夏鈴さんじゃない?って。

真面目タイプって私のこと?(笑)

——当時はそう見えたから(笑)。このトライアングルは絶対良いですよねってことで。でも、そこに“おじさん”が混ざるって聞いたときはどうだったの?

聞いてない気がする(笑)。

——いきなりレコーディングだったっけ?

うん。こんにちはー、背高いねぇ、あの人誰?みたいな。ホントに気づいたら居たって感じで(笑)。どの雑誌とかでも聞かれるじゃないですか。「結成したときはどうだったんですか?部長が入ったときはどう思ったんですか?」って。「ぶっちゃけ覚えてないし気づいたら居ました」っていっつも言ってます。

——たしかデビュー曲のMV撮影のその当日まで、振り付けも入ってなかったですもんね。

だって楽屋でダンスの先生と一緒にその場で練習してたもん。なんか映像撮っといてくれてましたよね?

——サビとキメのとこだけその場で振り付けて、練習しちゃおうって言って。

やったやった。そこに突然部長もおり……。あぁ、居るなぁって(笑)。

——あっという間に赤坂GENKI劇場でのデビューライブを迎えるんですけど、何やったか覚えてます?

アイドルSTAR WARS』と『Hell Near 部長』。っていうかその2曲しかなかった(笑)。だから今考えると、“デビュー当時あの2曲でどうやってライブやってたんだろう”ってよく思うもん(笑)。

大川柚の人生の半分が“アイドル”だから

——しばらく、あの2曲だけのステージを続けたよね。

ずーーっとホントに2曲だけで。3ヶ月くらいは多分引っ張りましたよね?MCやるにしても「では、次で最後の曲です」っていつも言う(笑)。

——でも当時は女子3人と部長の対立構造っていうのがハッキリあったから、けっこうMCは部長とケンカする構図で固まってはいたかなぁ。

あぁそうだね。とりあえずケンカしてましたね。

——平日は学校行きながらレッスンもやって、週末はほぼライブって毎日が小学校高学年から続いているわけじゃないですか。お姉さんに憧れて始めたダンスから、気づけばステージに立っていて、いつの間にか派生ユニットも組まされて。

そうですね、気づけば。

——柚さんにとって“アイドル活動”ってどんなものなんですか?

うーーん……。小5の夏に始めて、小6にはほぼ毎週ライブやるようになってるから、その時点でもう生活の一部なんですよ。

——普通だったら友だちと遊びに行くとか、週末は家族と出掛けるとかあるわけですけど。

あ、それは、柚がアイドル始めるまで、家族で毎週末出掛けてたんですよ。うちには“小4の夏にパパと二人旅行する”っていう決まりがあるんですけど。

——お姉さんたちも必ず小4にお父さんと旅行したってこと?

そう。あと二十歳になったらパパとサシ飲みするっていう(笑)。その小4の旅行が終わってたし、自然と家族でお出掛けするのも減ってくるタイミングだったから寂しくはなかったし、ド末っ子だから(笑)。わりと放っといてもらえたんでしょうね。

——部活とかはどう?

部活には憧れました(笑)。中学が、全員強制で部活には入らなきゃいけなかったんですよ。で、体験入部があって。家族みんなバレーボールやってるからバレー部も体験したし、なんか吹奏楽にも憧れてたから行ってみたら、意外と吹けちゃって(笑)。吹奏楽、楽しいじゃん!ってなって、どっちかに入りたかったんだけど……バレー部は絶対大会出られないし、吹部もまぁ無理だろうなって。結局、理科部(笑)。マジで幽霊部員(笑)。

——まさかの理科部(笑)。

室内の部活って、理科部か美術部しかなかったんですよ。美術なんて……そんな……おこがましい(笑)。で、消去法の理科部。事前に休むって言わなくても休めるのが理科部だったから。

——っていう時点で、“アイドル”に時間捧げてるじゃないですか。

うーーーーん……。なんかもう、ホントに、大川柚の人生の半分が“アイドル”だから、別にそんなに……。『デスラビ』になってからは目標が見えましたけど、その前は何も考えてなかったかも。自然な感じだったですね。

——最近すごく思うのは、どこまで行っても、あなたたちは自然体というか、“等身大”って言葉がしっくり来ちゃうんですよね。それは周りの人からもよく言われるんですよ。「全然がっつかないですよね」って。良くも悪くも、だと思うんですけど。

そのへんは前の事務所が、すごく自由にやらせてくれたんですよね。

——そうね。放任というか。

放任。歌とダンスをちゃんとやっていれば、あとは物販とかでも、ちゃんとお客さんと話ができれば良いんだよ、チェキは一緒に写真を撮ればいいだけだよ、みたいなことしか言われなかったから。

(マネージャー)たしかに、“地下アイドル”とかだと、もう離さない!っていうくらいギュって握手したりとか、すごい接触を頑張る人も居るじゃないですか。その距離感が良いっていう人もいますよね。そこのところいくと、3人はあっさりはしてますよね(笑)。

友だちと話してるみたいなね(笑)。ダメなのかなあ。

——もっと物販で売り込みとかしたい?

あ、それはね、柚はもう小5の時点で越えたんです。一時期すごい物販で荒れ狂ってた時期があって(笑)。メンバーそれぞれの缶バッジを売ってた時期があるんですけど、柚はそれをどうしても物販で自分の分を売り切れにしたくて。むりやりお客さんのポッケにバッジ入れて「入ってるから買ってー」とかやってましたから。小5で何かを卒業した(笑)。

 

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